関節なめらか研究所

山を走るレースでの捻挫が辛かったお話

富士山の周りを走るレースでとんでもない事態がおきました。

私は現在39歳の男性。医療系の営業職として家族を養っている。あれは去年の9月に富士山の外輪を約80km、20時間以内に走るというレースに出たときのことだ。

夏が暑すぎてほとんど練習をすることができなかった私は、食事制限により体重は無事に落とすことができたけれどかなり調整不足の状態でレースに挑むことになった。

しかし、レース前は不思議と完走できる自信にみなぎって不安はほとんどなかった。レース当日は霧雨が降る中でのスタートとなり地面はかなりゆるいコンディションで、まるでビーチを走っているかのようだった。

補給もそこそこに先を急いでいる途中、右ひざをひねって転びそうになりました。

思っていたよりもコースがきつく、関門制限時間がかなりタイトに感じられるレースの序盤だった。予定よりも30分ほど遅れて第一関門を通過し、第二関門へ向かう。

エイドステーションで給水や食事をしっかり取るはずだったが余裕があまりないことがわかっていたので先を急ぐ。そして第二関門に向かう山道の途中で右ひざをひねってこけかけた。

「いてっ。」なんとか転倒は免れたが右の膝がおかしい。しかしなんとかこらえながら歩を進める。腰と足は当然ながら走ることにおいては必ず使う部位なので、そこを痛めてカバーしていると必ずと言っていいほど他の部分が痛くなってくる。

それは今回も同じだった。右膝を痛めてしまうことによって腰が次に痛くなる。しかし、テーピングがよくわからないのとこれ以上不自然なことをするともっと他の場所が痛くなるのではないかという直感で走り方を微妙に変えることで外部の補強をせずに走り続けることにした。

完走したい一心で、膝の痛みをこらえて走り続けました。

もちろん痛い。痛いけれどそれ以上に何としてでも完走をしたいという気持ちの方が強かった。膝の痛みで辛かったのは坂道を降りるときだった。

登るときも辛いけれど降るときは重力の力で避けられない痛みが走るのでどうにもたまらない。対処法としてはなるべく爪先立ちで進むようなイメージでもろに重力の力を膝に伝えないように工夫した。

そんな風にして夕方が過ぎてヘッドライトをつけてナイトランが始まった。ナイトランは注意力が必要な分意識が気をつけて前進することに向かうため若干、痛みは遠のく。しかし、右膝には確かに痛みが存在している。

痛みを我慢しながら走っていたので、痛みにも慣れてきた。さらに走り続けました。

ただ、幸いこれまでずっと走り続けてきたおかげで膝の痛みに走りが少しづつ対応してきてワクワクする気持ちがアドレナリンを呼び起こし、なんとか前進し続けられた。

一番きつかったのは夜中の3時頃だろうか坂道を標高700m降る地点の途中でもう一度着地に失敗して右膝にひどい痛みが走った。それでもなんとか数分座り込んで歩き出して、徐々に走り出すことができた。

なんでこんなにも、そもそも走るんだろうか?やはり楽しいからだろう。厳しい状況になってそれでも自分を鼓舞して、工夫して前に進むのが楽しいからだと思う。

右膝の痛みもゴールの喜びには替えることができなかったのだ。おかげで関門すれすれのタイム19時間51分でなんとかゴール。その後、右膝が完治するまで時間がかかったがやはり今でも最高の思い出だ。