関節なめらか研究所

私とオスグッドの関係

小学校6年の時、膝痛を発症しました

私は、小学校2年生から高校3年生まで野球をしていて、(高校時代のみ硬式野球)大学入学後にテコンドーを始めた男子大学生です。現在19歳です。

私は小学校6年生の冬に、膝痛を発症しました。初めて痛みを覚えたのは、練習していたグラウンドから解散場所だった私の通っていた小学校までチームメイトや指導者の方とランニングで向かったときのことです。

突然、両膝の皿の下側に強い痛みがはしりました。でも、目的地であった私の通っていた小学校がすぐそこにあるような状態でしたので、そこまで何とか走り切りました。

膝の痛みに耐えながら生活していましたが、運動量が減ったからか、太ってしまいました

小学校から家まで帰るときは非常にゆっくり歩いて帰りました。その後も、膝の痛みですので、動くこと自体が苦痛でした。そして、運動量が減った結果、ストレスがたまって食べ過ぎ、太っていき、完全な肥満体型となりました。

私の膝がオスグッドであることを認識したのは中学生の4月でした。体育の授業中に体育座りで先生の話を聞いているときに、隣に座っていた友達が教えてくれました。

その後、その友達に保健室に連れて行かれました。保健室には、スポーツ障害(野球肘・野球肩など)の改善のためのストレッチを紹介した紙が自由に持っていけるようになっていました。

自分がオスグッドであることを中学で気付きました。

当然、オスグッドもその中に含まれていましたので、そのストレッチを実践したところ、痛みは改善していきました。そのころから、風呂上りにストレッチを入念にするようになりましたので、その後、股関節から下のけがは打撲以外はしていません。

ただ、野球の動作や肩関節の柔軟性が影響して、野球肩や野球肘は発症していますので、故障がゼロになったわけではありません。

ただ、ストレッチなどのケアの重要性を身をもって感じる出来事ではありましたので、私の競技人生のターニングポイントではありました。

膝痛を発症して太りすぎた結果、当然のように動きも遅くなり、持久力も落ちましたが、中学1年の冬に、野球部の顧問の先生が鬼のようなランニングメニューを課したため、体脂肪が激減しました。

野球部の練習できつめのランニングをしていた結果、リレーの代表選手に選ばれたり、野球でも活躍できました

翌年の春の運動会では、人生で初めてクラスの代表としてリレーに出場し、秋の体育の授業の12分間走で学校でトップクラスの成績を出すことができたために、その年の冬に行われた区の駅伝大会の学校代表チームに入ることができました。

オスグッドになる前はあまり走ることが得意でなかった私にとってこれは驚くべき出来事でした。そして、速く走れるようになるまでの間にオスグッドが再発しなかったことが何よりうれしかったです。部活動の野球でも、盗塁が激増し、守備範囲も広がってうれしかったです。

タイトルにもある、私とオスグッドの関係は、痛みがでた当初はとてもつらかったが、その後の人生に大きな影響を与えたというものでした。